淡々と無機質に


こんにちは。

ナインです。

本日も本の紹介です。

今回紹介する作品は

 

『蠅』

 

です。

横光利一の作品です。

横光は、川端康成と共に活躍した作家です。

代表作に『日輪』や『機械』があります。

全部で十のまとまりから物語ができています。

ネタバレしてしまうと面白さがなくなるので、ネタバレはなしです。

あらすじ

       一

 真夏の宿場は空虚であった。ただ眼の大きな一疋(いっぴき)の蠅だけは、薄暗い厩(うまや)の隅の蜘蛛の巣にひっかかると、後肢で網を跳ねつつ暫くぶらぶらと揺れていた。と、豆のようにぼたりと落ちた。そうして、馬糞の重みに斜めに突き立っている藁の端から、裸体にされた馬の背中まで這い上がった。

       二

 馬は一条の枯草を奥歯にひっ掛けたまま、猫背の老いた馭者(ぎょしゃ)の姿を捜している。

 馭者は宿場の横の饅頭屋の店頭で、将棋を三番さして負け通した。

「何に? 文句をいうな。もう一番じゃ。」

 すると、廂(ひさし)を脱ずれた日の光は、彼の腰から、円い荷物のような猫背の上へ乗りかかって来た。

       三

 宿場の空虚な場庭へ一人の農婦が馳けつけた。彼女はこの朝早く、街に務めている息子から危篤の電報を受けとった。それから露に湿った三里の山路を馳け続けた。

「馬車はまだかのう?」

 彼女は馭者部屋を覗いて呼んだが返事がない。

「馬車はまだかのう?」

 歪んだ畳の上には湯飲みが一つ転っていて、中から酒色の番茶がひとり静に流れていた。農婦はうろうろと場庭を廻ると、饅頭屋の横からまた呼んだ。

「馬車はまだかの?」

「先刻出ましたぞ。」

 答えたのはその家の主婦である。

「出たかのう。馬車はもう出ましたかのう。いつ出ましたな。もうちと早よ来ると良かったのじゃが、もう出ぬじゃろか?」

 農婦は性急な泣き声でそういう中に、早や泣き出した。が、涙も拭かず、往還の中央に突き立っていてから、街の方へすたすたと歩き始めた――。

感想

『蠅』というタイトルだが、蠅が主役の話というわけではない。

蠅の目を通して話が進んでいくのだ。

そこに感情など一切ない。

ただただ淡々と話が進む。

それはカメラを通して作品を見ているような感覚で、どこか無機質さを感じさせる。

だが人間のリアルが確かにそこにはある。

登場人物に対する細かな表現はないが、会話やちょっとした行動だけで、その人物の人となりがなんとなくわかるのだ。

それも長々とあるわけではなく、たったの数行で表されている。

小説の神様」の呼び名は伊達ではないといったところか。

 

蠅の視点はこの作品で一番の見どころだと思う。

人間を中心にして話を進めるのではなく、蠅を中心として話を進めることにより、最後のシーンで蠅と人間の対比がいきてくる。

それと同時にどこか皮肉めいたものを感じる。

話の組み立てがとても上手い。

おわりに

最後のシーンとは書きましたが、詳しい内容までは書いてないのでセーフですよね……

『蠅』はデビュー作でありながら、横光の作品の中でも1、2を争うほど面白い作品なのではと思っています。

次回も横光の作品を紹介したいと思います。

 

最後までお読みくださりありがとうございます。

日輪・春は馬車に乗って 他八篇 (岩波文庫 緑75-1)
横光 利一
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