晩春の昼の悪夢


こんにちは。

ナインです。

本日も本の紹介です。

今回紹介する作品は

 

『白昼夢』

 

です。

江戸川乱歩シリーズの第3弾です。

この作品の背景として、乱歩が医学者で推理作家である小酒井不木から屍蝋の作り方を聞いたこと、当時流行っていた、ショーウィンドに蝋細工の人体模型を展示してチェーン展開していた薬局を結びつけたこと、などがあります。

ネタバレはありですので、お気をつけください。

本当に短い作品ですので、是非一度読んでから感想をお読みいただければと思います。

あらすじ

 あれは、白昼の悪夢であったか、それとも現実の出来事であったか。

 晩春の生暖い風が、オドロオドロと、火照った頬に感ぜられる、蒸し暑い日の午後であった。

 用事があって通ったのか、散歩のみちすがらであったのか、それさえぼんやりとして思い出せぬけれど、私は、ある場末の、見る限り何処までも何処までも、真直(まっすぐ)に続いている、広い埃っぽい大通りを歩いていた。

 ふと私は、行手に当って何かが起っているのを知った。十四五人の大人や子供が、道ばたに不規則な半円を描いて立止っていた。

 それらの人々の顔には、皆一種の笑いが浮んでいた。喜劇を見ている人の笑いが浮んでいた。ある者は大口を開いてゲラゲラ笑っていた。

 好奇心が、私をそこへ近付かせた。

 近付に従って、大勢の笑顔と際立った対照を示している一つの真面目くさった顔を発見した。その青ざめた顔は、口をとがらせて、何事か熱心に弁じ立てていた。香具師(やし)の口上にしては余りに熱心過ぎた。宗教家の辻説法にしては見物の態度が不謹慎だった。一体、これは何事が始まっているのだ。

 私は知らず知らず半円の群集に混って、聴聞者の一人となっていた。

 演説者は、青っぽいくすんだ色のセルに、黄色の角帯をキチンと締めた、風采のよい、見た所相当教養もありそうな四十男であった。鬘(かつら)の様に綺麗に光らせた頭髪の下に、中高の薤形(らっきょうがた)の青ざめた顔、細い眼、立派な口髭で隈どった真赤な脣、その脣が不作法につばきを飛ばしてバクバク動いているのだ。汗をかいた高い鼻、そして、着物の裾からは、砂埃にまみれた跣足の足が覗いていた――。

感想

この作品は短編である。

字数は4000字程度しかない。

原稿用紙で10枚程だ。

しかしこの短さでありながら、無知の愚かさや集団心理の恐ろしさにハッとさせられる、そんな作品になっている。

こういったところに乱歩の凄さが窺える。

 

「私」は医学書で知識を得ていたため、屍蝋の作り方を知っていた。

しかし他の聴聞者たちはそんな知識などないため、男の話を冗談半分にしか聞いていない。

無知ということはなんと愚かなことか、白昼堂々と殺人を告白しているにも関わらず、無知であるがゆえにそれを冗談だと笑い飛ばしてしまうのだ。

聴聞者の中には警察官も混じっているが、警察官ですら他の聴聞者と同じように冗談だと思っている。

中には一人くらい本当に死体なのではないかと思う人間もいるだろう。

しかし、周りの人間が冗談だと思っているので、まさか本物なわけがないと思ってしまうのだ。

これは集団心理が働いているせいだろう。

他の人間がそう言っているからきっとそうなのだ、と思ってしまうのである。

 

繰り返しになるが、短いながらもこの二つのことを巧みに描写した乱歩の凄さが窺える。

「私」が見た出来事、私が読んだこの作品はまさにタイトル通りの「白昼夢」だったのだろう。

おわりに

この作品は『小品二篇』のうちの一つで、「二篇」とあるように、もう一つの作品である『指環』と同時に発表されました。

というわけで次回は『指環』でも紹介しようかなと思います。

 

最後までお読みくださりありがとうございます。

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